あきない世傳金と銀2 菊栄とは
菊栄は五鈴屋の元・ご寮さん
NHKBS/BSプレミアム4Kで2025年4月6日から放送される「あきない世傳(せいでん)金と銀2」の大坂編に登場する人物として、朝倉あきさんが扮する菊栄(きくえ)という女性がいます。
菊栄はドラマ「あきない世傳 金と銀2」の前作である、「あきない世傳 金と銀」から登場するキャラクターです。
前作では、船場の小間物問屋・紅屋(べにや)から五鈴屋の豊作こと四代目徳兵衛(渡辺大)に嫁ぎますが、豊作の女遊びに呆れて離縁して実家に戻るという役柄でした。
菊栄は出戻って鉄漿粉の販売に乗り出す
しかし実家に戻ってからの菊栄は「出戻り」の娘として肩身の狭い思いをするものの、商才のない主人である兄に代わって、傾いた店の経営を立て直します。
菊栄は備前国(現在の岡山県)で取れる独特の酸化鉄を使った鉄漿粉(おはぐろこ)を積極的に売り出し、紅屋の勢いを取り戻します。
もっとも「女名前禁止」と言って女性が商家の正式な主人となることが許されていない大坂では、菊栄の名前が前面に出ることはありません。
菊栄は大坂における幸のよき相談相手
しかし紅屋の勢いはもっぱら菊栄のおかげであることを知っている主人公・幸(小芝風花)は、ときどき紅屋に出かけては菊栄のもとに、商売上の相談をしに行きます。
菊栄は自分が五鈴屋の「ご寮さん(ごりょんさん)」だった時に、女衆(おなごし)として仕えてもらっていた幸には心の中で思っていることを何でも打ち明けていて、幸も相談を持ち込みやすかったのです。
お歯黒の仕方 原料から歯の染色まで
鉄漿粉とは?
ところで実質的に菊栄が経営する紅屋が商っていた鉄漿粉とは何のことでしょう。鉄漿粉とはお歯黒をするために必要な粉末のことです。お歯黒とは、古代から近世の江戸時代末期にかけて歯を黒く染める行為のことで、既婚女性の嗜みの1つでした。
上述した通り鉄漿粉は酸化鉄から作られますが、その酸化鉄は採掘してから、実際に女性が歯を黒く染めるまでにいくつもの作業が必要になります。
1.酸化鉄から鉄漿粉を作る方法
「かねみがね」とも言われる鉄漿粉は、酸化鉄(赤鉄鉱)を粉末化したものを指します。以下のような方法で作られます。
① 原料の採取
- 赤鉄鉱(酸化鉄 = Fe₂O₃)を採取する。
- もしくは、鉄を空気中で焼いて酸化させ、人工的に酸化鉄を作る方法もある。
② 粉砕
- 採取した赤鉄鉱を細かく砕く。
- 石臼や乳鉢を使い、粉末状にする。
③ 精製
- 細かくした粉末を水で洗い、不要な不純物を取り除く。
- 乾燥させて鉄漿粉が完成
2. 鉄漿粉からお歯黒液を作る
鉄漿粉はそのまま状態では、歯を黒く染めるために使うことはできません。液状にして鉄イオンを溶出させる必要があります。
① 酸性液に鉄漿粉を溶かす
- 鉄漿粉を酢(または酒)に浸す。
- これを数日~数週間放置することで、鉄が溶け出し、酸性の鉄溶液(鉄漿液)ができる。
② 鉄漿液の完成
- 溶液が黒っぽくなり、鉄の味がするようになったら鉄漿液として使える。
- この時点ではまだ歯を黒くする力はない。
3. 五倍子水(ごばいしすい)を作る
お歯黒として歯を黒く染めるためには、鉄漿液と五倍子(ごばいし)液を混ぜる必要があります。
① 五倍子水の準備
- 五倍子(ヌルデの虫こぶ)を煮出してタンニンを抽出する。
- 五倍子水を作ることで、お歯黒の黒色成分となるタンニン液ができる。
② 鉄漿液と五倍子水を混ぜる
- 鉄漿液と五倍子水を1:1程度の割合で混ぜる。
- 鉄イオンとタンニンが化学反応を起こし、黒色の鉄タンニン化合物が形成される。
③ お歯黒液の完成
- これで歯を黒く染めることができる、お歯黒液ができあがる。
4. お歯黒液の使い方
- 歯を磨いて清潔にする(汚れがあると染まりにくい)。
- 筆や綿を使って、お歯黒液を歯に塗る。
- 乾燥させて何度も塗り重ねる(1回では濃くならない)。
- 数日続けると、しっかりと黒く染まる。
- お歯黒は時間が経つと色が落ちてくるため、数日に一度は塗り直す。
紅屋の鉄漿粉がヒットした理由
「あきない世傳 金と銀」シリーズの時代背景となった江戸時代中期では、お歯黒という習慣は決して珍しいものではありません。大坂のような大都市であれば、紅屋の他にも多くの小間物問屋が鉄漿粉を商っていたと考えられます。
それでもなお、紅屋の鉄漿粉が他の小間物問屋よりも抜きん出て売れていた理由は、「2. 鉄漿粉からお歯黒液を作る」と「4. お歯黒液の使い方」という点で優れていたと考えられます。
つまり鉄漿粉が酒または酢に浸したのち、鉄漿液ができるまでの時間を短くし、しかも一度塗ると色が落ちにくいという利点があったのでしょう。言い換えると紅屋の鉄漿粉は既婚女性の利便性を確保したのです。
実際、原作小説「あきない世傳 金と銀」(四)貫流篇において、菊栄は自分の店が扱っている鉄漿粉を備前国で作っていることまでは幸に教えますが、備前国のどこでどうやって作っているかについては決して明かしません。