大岡忠相と遠国奉行
大岡忠相 江戸南町奉行の前々任は山田奉行だった
NHK特選時代劇「大岡越前7」の主人公である大岡忠相(高橋克典)はドラマの中で、江戸南町奉行として江戸城の将軍政務室で江戸の町政を徳川吉宗(徳重聡)に報告します。
また政務以外でも吉宗はお忍びで、忠相の屋敷に遊びに訪れることもたびたびあります(ドラマなので)。大岡忠相は将軍・徳川吉宗の近くに仕えているようなイメージですが、江戸南町奉行の前々任は山田奉行という立場にありました。
山田奉行は江戸幕府における職制の1つである遠国奉行と言われるもので、幕府にとって重要な都市を直接統治するためのポストです。
遠国奉行とは?
遠国奉行は江戸幕府が地方の重要都市や港湾、宗教的聖地などに設置した地方行政官です。行政・司法・警察・経済・外交など多面的な役割を担い、地方統治の最前線で幕府の意向を体現しました。通常は旗本から任命され、石高は1,000石未満でも高い官位を与えられました。
彼らは任地に駐在して年貢の監督、治安維持、裁判の執行、寺社の保護、海防監視、貿易管理などを幅広く担い、まさに「地域の総合長官」ともいえる存在でした。
「遠い国の奉行」という文字が示すように、いずれも江戸町奉行と比べると徳川将軍が住まう江戸からはかなり離れた土地に任地があることが特徴の1つです。
以下の文章では、幕末期の時点に存在した遠国奉行を紹介します。
江戸幕府に存在した主な遠国奉行
長崎奉行
出島の貿易管理で有名な奉行職。オランダ・中国との外交・通商を一手に担い、外国人居留地(唐人屋敷・オランダ商館)の監督、貿易船の入港管理など、極めて国際色の強い任務を負いました。2名制で交代勤務するなど、その職務の重さがうかがえます。
箱館奉行
幕末に設置された北海道(蝦夷地)の拠点で、対ロシア外交や北方警備、開拓政策を担当しました。箱館(現・函館)に駐在し、蝦夷地経営の最前線を担いました。
山田奉行
伊勢神宮の門前町・山田(現・三重県伊勢市)に置かれ、参拝者の取り締まり、神宮と町の秩序維持、寺社行政を担当。江戸南町奉行として名高い大岡忠相がかつて務めたことでも知られています。
奈良奉行
古都・奈良の治安維持と、東大寺・興福寺といった大寺院の統制を担当。仏教界の秩序を監督する特別な役割を持ち、宗教都市の行政を一手に担っていました。
日光奉行
徳川家康を祀る日光東照宮の維持管理、参詣道路(特に日光街道)の整備、参拝者の統制などを担当。幕府にとって宗教的・象徴的に重要な土地を任されたポストです。
駿府奉行
家康が晩年を過ごした駿府(現・静岡市)に置かれ、城下町の統治、寺社の管理、有力者との関係構築などを担いました。
京都町奉行
表向きは町奉行と名乗るものの、実質は京都所司代の下部機関として、京都市中の治安・行政・商業監督を担いました。格式としては江戸町奉行や大坂町奉行と同格。
大坂町奉行
江戸の町奉行に並ぶ都市行政官。大坂は「天下の台所」と呼ばれた経済の中心地であり、奉行職は大坂東町奉行と大坂西町奉行の二人体制で重責を担いました。町人や商人の取り締まり、河川・港湾管理など職務範囲も広大でした。
伏見奉行
京都近郊の伏見に置かれ、京都・大阪間の交通の要衝、伏見港の管理、幕府直轄地の治安維持を担いました。宿場や船運の中心地という位置づけも重要でした。
堺奉行
商業都市・堺を監督する奉行で、町政・市場管理・港湾行政などが主な任務。かつて自治都市として栄えた堺の経済活動を幕府の統制下に置く役割を担いました。
浦賀奉行
浦賀港(現在の神奈川県横須賀市)の警備と通商管理を担当。ペリー来航時に応対したことでも知られ、海防・外国船対応の第一線に位置づけられていました。
下田奉行
浦賀奉行と並ぶ港湾警備の要所。幕末には日米和親条約による開港地となり、外国人対応、港湾監督、海防警備が任務となりました。
新潟奉行・神奈川奉行・兵庫奉行
いずれも幕末の開港地に対応して設置された奉行職であり、外国との交渉・通商・警備を担当しました。特に神奈川奉行は横浜港の外国人居留地の管理、兵庫奉行は神戸港の警備に携わり、外交の現場に立ちました。
遠国奉行と郡代・代官の違い
郡代・代官とは?
郡代・代官は、幕府直轄領(天領)の農村部を中心に統治する役職です。郡代は広域(複数の郡)を担当し、代官は郡代よりも小規模な農村地域の管理を担当します。
遠国奉行との違い
遠国奉行は大都市・大規模寺院や神社などが近くに存在する門前市(宗教都市)・貿易地・大規模鉱山などがある重要地の行政・治安維持などを任されていたのに対して、郡代・代官は農村部の年貢徴収・民政・治安維持などを任されていたという違いがあります。
京都所司代・大坂城代との違い
京都所司代と大坂城代
京都所司代は京都の公家・朝廷・宗教勢力を監視・統制をすることが役割です。幕府の朝廷・公家政策を伝える窓口として極めて重要なポストで、また京都町奉行の上部機関でもありました。
大坂城代は西国大名を統制し、軍事的にも大坂城を守る将軍の代理。大坂町奉行の上位に位置づけられる存在です。
遠国奉行との違い
京都所司代と大坂城代は幕府の執政たる老中と同じく、直接将軍の支配の下にあります。しかし遠国奉行は老中の配下に入ることになります。
京都所司代と大坂城代は遠国奉行よりも、政治的な監視や軍事的役割の大きい役職であると言えるでしょう。