大岡越前7に登場する江戸南町奉行所とは
警察や裁判所以外の役割もあった町奉行所
NHK特選時代劇「大岡越前7」とNHKBS時代劇「大岡越前8」の舞台として描かれる江戸南町奉行所は、捜査機関・裁判所として描かれていますが、実際にはそれらだけでなく社会問題への対処・物価の調整・民事訴訟の解決・防災なども担った組織です。
ドラマの中で大岡忠相をはじめとした南町奉行所の登場人物たちは、現代日本で言うところの警察や裁判所など、つまり「司法」を担当する場面が描かれています。
しかしながら、史実からするとそれらの機能は、町奉行所に与えられた役割のごく一部にしか過ぎません。
145人ほどで100万都市の江戸をカバー
町奉行所の役割を現代の行政・司法機関に直すと、警視庁・裁判所・法務省・東京消防庁・東京都庁・財務省造幣局・日本銀行の一部に相当しますが、町奉行の定員は与力が25騎・同心が120人ほどでした。
江戸時代の江戸は人口が最大で100万人と言われています。2025年1月1日時点での山形県の人口が100万人程度ですが、わずか145人の公務員で、100万人のための行政や司法の役割をすべてカバーすることは難しいでしょう。
そのため江戸の治安は町奉行所以外の人員が担っており、そのことについては「大岡越前7 岡っ引き 町役人 江戸の自治組織」と言う記事で詳述していますが、人数の面からして町奉行の仕事はいかにハードであったかは窺い知れます。
町奉行の組織構成 与力と同心
町奉行の組織構成
「鬼平と梅安が見た江戸の闇社会 (宝島社新書)」の46ページにあげられている町奉行の組織構成と、それが現代の行政・司法組織のどこに相当するかをまとめた図です。
役職 | 役割 | 人員 | 現代の行政・司法組織 |
---|---|---|---|
内与力 | 町奉行の秘書的な役割で町奉行の家臣が就く | 与力5名 | – |
年番方(組役) | 奉行所全体の管理で人事・出納を担当 | 与力 2名 同心 6名 | – |
吟味方(内役) | 民事訴訟の審理・刑事事件の吟味・刑の執行 | 与力 8名 同心 6名 | 裁判所・法務省 |
赦張方・撰要方・人別調掛(内役) | 囚人の罪状調査・人別調査 | 与力 3名 同心 6名 | 法務省 |
例操方(内役) | 判例の記録調査・資料作成 | 与力 2名 同心 6名 | 裁判所 |
本所見廻(外役) | 本所・深川地域の管理 | 与力 1名 同心 3名 | 東京都庁 |
養生所見廻(外役) | 小石川養生所の管理 | 与力 1名 同心 3名 | 東京都庁 |
牢屋見廻(外役) | 伝馬町牢屋敷の取り締まり | 与力 1名 同心 3名 | 法務省 |
定橋掛(外役) | 幕府が普請を行なっている橋の管理 | 与力 1名 同心 2名 | 東京都庁 |
町会所見廻(外役) | 江戸市中の町会所の管理 | 与力 2名 同心 3名 | 東京都庁 |
猿屋町会所見廻(外役) | 蔵前の札差を監督。米価を通じた物価の監視 | 与力 1名 同心 2名 | 日本銀行 |
古銅吹所見廻(外役) | 古銅吹き替え業務の監督 | 与力 1名 同心 1名 | 財務省造幣局 |
高積改(外役) | 河岸にある防火用堤防の代わりとなる荷の高さを管理 | 与力 1名 同心 2名 | 東京消防庁 |
町火消人足改(外役) | 町火消の消火活動を指揮 | 与力 3名 同心 6名 | 東京消防庁 |
風烈見廻(外役) | 強風時に市中を巡回し火事の警告を行う | 与力 2名 同心 4名 | 東京消防庁 |
人足寄場定掛(外役) | 石川島人足寄場の監督 | 与力 1名 同心 2名 | 法務省 |
隠密廻(町廻) | 市中を巡回する密偵 | 同心 2名 | 警視庁 |
定廻(町廻) | 犯罪捜査・犯人逮捕 | 同心 5名 | 警視庁 |
臨時廻(町廻) | 定廻の補佐 | 同心 6名 | 警視庁 |
それぞれの役割において与力と同心が配置されています。与力も同心も江戸幕府の身分制度においては「御目見得以下」と言われる御家人で、徳川将軍に直接拝謁することは許されていません。
ただし与力は同心を指揮すると言う上位の立場にあり、その証として同心には許されていない「袴の着用」と「馬の騎乗」が許されていました。
町廻(まちまわり)とは
上記の表の中でも特に江戸市中の治安維持と犯罪取り締まりのために行う同心たちのことを、特に町廻(まちまわり)と呼ばれていました。
その町廻は特に職務内容によって3つに別れて、合わせて三廻(さんまわり)と呼ばれることもあります。
- 隠密廻(おんみつまわり): 犯人を捕縛することなく裏付け調査や内偵などを行う
- 定廻(じょうまわり): 法令が遵守されているか市中を巡回し、犯罪捜査や犯人の捕縛を行う
- 臨時廻(りんじまわり): 定廻を長年勤めた同心で構成され、定廻の指導にあたる
日常の業務において、定廻と臨時廻は羽織と二本差しの刀という服装で市中を巡回していたのに対し、隠密廻は屑拾い(くずひろい)や棒手振り(ぼてふり)など、一見すると武士には見えない服装で任務に従事していました。
大岡越前7の同心たち
「大岡越前7」では同心たちとして立花喬之助(黒川英二)・片瀬堅太郎(加藤頼)・北島駿介(財木琢磨)・筧甚内(金山一彦)と行った人物たちがいます。彼らは、町廻とも三廻とも言われる同心たちで、町奉行所の中でも犯罪捜査・犯人逮捕を担当する 定廻であると考えられます。
江戸幕府の身分制度において同心は御家人、町奉行は3,000石程度の大身旗本と言う扱いです。両者は身分の差がかなりありますが、町廻の同心たちは町奉行の直属の部下でした。
よって「大岡越前7」の中で、大岡忠相(高橋克典)と立花喬之助・片瀬堅太郎・北島駿介・筧甚内たちが頻繁に言葉を交わしているのは、過剰な演出などではなく史実に沿ったものと考えられます。